撮影:モリサキエイキ

Entertainment

ロバート山本、同期の芸人から突然の呼び出し!一体何が?

ロバートの山本博さんが芸人として、パパとして、日常の気づきを綴る本連載。
第133回目は、山本さんが東京NSC同期の女性芸人との思い出について。突然の呼び出しで相談されたこととは?

■椿鬼奴がまだ「宮崎ねえさん」だった同期時代

今回は、吉本養成所(NSC)時代の同期のなかでも、「女性芸人」との思い出です。

最近の養成所は大卒の人や社会人を経験してから入ってくる人も増えているみたいですけど、僕らの頃は高卒がほとんど。10代ばかりで20歳越えでもだいぶ大人に見えるなか、ひときわ異彩をはなっていたのが当時26歳だった椿鬼奴です。

今、NSCに入るのに年齢制限はないんですけど、僕らの頃は「26歳」という年齢制限がありました。つまり、鬼奴は制限ギリギリで入ってきたんです。

当時の雰囲気はすでに皆さんご存じのあのままで、本当に「ねえさん」といった感じ。本名が宮崎なので、「宮崎さん、宮崎ねえさん」と呼んでいました。

そんなねえさんが「お酒、飲める?」と聞いてくるんです。みんな10代だから、「いやいや、飲めないです」と断る中、唯一インパルスの堤下(淳)だけはギリギリ20歳を越えていて、宮崎ねえさんと家も近かったので、彼らはよく飲みに行っていましたね。

そんな宮崎ねえさんは、養成所時代はコンビを組んでいたんですけど、個人としてはずっとあの感じ。何も変わらないです。

卒業後にピンになってからはキワモノ系のライブによく出ていて、そのうち、くまだまさしさんやキートンさんらと「キュートン」というお笑いユニットを結成し、そこで「椿鬼奴」という今の芸名を名乗るように。「なんて芸風にあったいい名前なんだ!」と思った記憶があります。
 

撮影:モリサキエイキ

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