Illustration by 藤峰やまと
Entertainment
どうする?妻子持ちの男に近づく年下女、口うるさいレス妻と比較してつい…
第二話:睡眠不足で優しくなれない
土曜日…-
テレビ前で、寝そべった宗太がサッカーゲームをしている。
そのすぐ横で、さらさはオムツのテープをきっちり止めた後、腰をさすった。
(整体に行っても腰ってすぐ痛くなるなー、しかし昨日の夜泣きひどかった…)
夜中何回起きたか数えながら、ふつふつと宗太に対して不満が出てくる。
(仕事、大変だろうから夜泣き対応ひとりで頑張ってたけど…)
まったく起きる気配もなくイビキをかいていた宗太の寝顔が浮かぶ。
(こっちは24時間、激務!働いてるときのほうが楽だった!)
ロンパースのボタンを手早く留め、寝返りを打つひなたのかわいいお尻をぽんっと叩くと、お湯を沸かしていたケトルがピーっとなった。
ちらりと宗太を見る。
(この状況、さすがに止めてくれるよね)
宗太は、気づいたように上体こそ起こすものの、ゲームが良いところなのか視線は携帯のままだ。
ケトルの音が更にボリュームがあがり、さらさのイライラがピークに達したとき……
(もうっ、なんなのっ…)
ドタドタドタ、カチッ!
さらさは、わざとオーバーめに歩いていきケトルを止めた。
宗太はさらさの言いたいことを察したようにゲームをやめる。そして…
宗太「止めに行こうと思ったけど」
(…は?)
謝るならまだしも、明らかにさらさの態度を理解できないというような言動に
さらさの積もり積もった不満がうわっと溢れ出た。
さらさ「あのさ、私ひなたのオムツ変えで手が離せないの。宗太は自分ひとりのことをやればいいだろうけど、私は常にひなたの世話をして2人分やってるの」
さらさ「昨日も夜泣きひどかったし疲れてるのに…自分はゲームして、オムツ替え手伝おうかの一言もないわけ?」
すると宗太が携帯を床に投げ、あたまをかく。
宗太「じゃあ、俺がオムツ替えをした時、テープの位置が違うだの、拭き残しはないかだの言うのやめてくんない?いちいちうるさくダメ出しされるとやる気おきねーよ」
さらさ「それとこれとは別でしょ!?だいったい…」
宗太「はいはい、わかりました。俺がいけなかった」
宗太がさらさの言葉を遮るように投げてた携帯をとって立ち上がり、
ダイニングテーブルにあった財布をポケットにいれて玄関にいく。
宗太「ちょっと頭冷やしてくる」
一度もこちらを振り返らず玄関に向かう宗太に、さらさは眉を寄せた。
(…全部、私がいけないってこと?)
ひなたが眠いのか、ぐずり始める。
痛む腰を気にかけながらひなたを抱き上げ、その顔を覗き込んだ。
(こんなに育児大変なのに、なんなの)
玄関からバンっと扉が閉まる音だけが部屋に響いた…-
………
扉を閉めた宗太は、肩が上下するほど大きく息をつき、エレベーターまで歩き出す。
ボタンを押してエレベーターがくるまで、携帯をいじった。
赤いスクエアに名刺のデザインが目立つアプリの横にあるlineをタップする。
すると同時に、大学時代と印象の変わった沙彩と、会った時のことが思い出された…-
………
取引先の営業マン佐々木「では広告費の件ですが、担当が戸田になります。彼女はわが社でも期待のエースなんですよ」
そこには、黒髪ボブに赤ぶちの眼鏡をかけた沙彩の姿があった。
沙彩「今後ともどうぞよろしくお願いいたします」
控えめに笑ってみせる沙彩は、知り合いを前にしようときちんと仕事をわきまえている様子だった。
宗太「よろしくお願い致します」
自分の名刺と沙彩の名刺を渡しあった時、沙彩がふいに口元に手をあて、くすっと笑いはじめる。
佐々木「どうした?」
沙彩「いえ。仕事なので言わないほうがいいかなと思ったのですが、実は大学サークルの先輩なんです。すごく久しぶりなんですけど、びっくりしたときの顔が変わらなくて、つい」
佐々木「そうだったか。それは仕事がやりやすくなるな」
佐々木の顔がほころんだ。
そして、宗太にも笑顔を向ける。
佐々木「どうぞ戸田をよろしくお願いいたします」
宗太「お願いします」
沙彩との再会にはじめは驚いたが、ほっとした自分がいた。
(確かに、仕事がやりやすくなったかもな)
商談を順調に終え、宗太は取引先の応接室を後にした。
………
首からかけていた入口証を外しながら受付に向かう。
沙彩とのやりとりが思い出された。
(あいつ印象変わったな)
大学時代の印象ではとても仕事に精を出すタイプには見えなかった。
(人って変わるもんだな)
思っていた、その時…-
沙彩「宗太先輩!」
聞き覚えのある声に振り返る。
低めのヒールに、膝丈までのタイトスカート。ジャケットをきちんと着こなした沙彩が
小走りでこちらに向かってくる。
宗太「ああ、さっきはありがと」
商談が終わっているしほっとしていた宗太は、昔のように声をかけた。
しかし沙彩は、宗太の前で足を止めると慣れたように小さくお辞儀をする。
沙彩「本日は本当にありがとうございました。今後のやりとりについてなのですが…」
沙彩が携帯と宗太の名刺を取り出した。
沙彩「名刺アプリってご存知ですか?相手の名刺をこのアプリで私が取り込むと、相手側にメールが送られてアプリ上でもやりとりできるようになるんです」
沙彩「もしよろしければ、メールよりもアプリのほうが見やすいので、やりとりさせていただきたいのですが」
宗太「ああ、わかった」
沙彩はお礼を言うと、アプリに取り込む。同時に、宗太の携帯にログインメールが送られてきた。
沙彩「それにしても、先輩びっくりした顔が変わらなくて安心しました。これも何かも縁ですし、仕事もぜひよろしくお願いいたします」
お互い仕事として話をしていたのに、今は屈託のない笑顔を浮かべる沙彩に、
宗太の鼓動が一瞬だけ小さく高鳴った。
宗太「ああ」
微笑み返すと、宗太はその場を後にした…-
………
エレベーターに乗り込み、もう2日も既読スルーしているline画面を見やる。
名刺をアプリ登録すると自動的に電話番号も繋がるのか、お互いのlineも勝手に交換していることになっていた。
沙彩はlineにも、律義にお礼のメールをくれていた。
『●●株式会社 営業部
木部さま
大変お世話になっております。●●会社 広告チームの戸田です。
本日はありがとうございました。
何かあったら、気軽にメッセージくれればなんでもやりますね!
それから別件で。今、ちょうど仕事で詰まっていてプレッシャーもあって…
就活相談でもお世話になった宗太先輩に仕事の極意?みたいなのぜひ伺いたいです。
来週月曜日の19時に新橋でいかがでしょ。ご検討ください。
仕事煮詰まり中の後輩より』
もう、何度も読み返しているlineをまた眺める。
(取引先だし、このまま返事しないのもおかしいよなー)
ただ宗太も、さらさが子育て中に仕事以外で沙彩と会うのはと気が引けていた。
エレベーターの扉が開き、外に出ると自分の住んでいるマンションを見上げた。
オムツ替えの仕方から、洗濯物の干し方、食器洗いのタイミング…さらさに小言を言われているシーンが脳内再生される。
(…結婚したら男は無能だよな)
育児に協力した気持ちは山々だが、一歩うごくごとにさらさに注意される疲れてしまった自分がいた。
そんな中、沙彩に頼られている、尊敬されていることが心地よかった。
さらさも前は尊敬のまなざしで自分を見てくれていた気がする。
(いや、やっぱりさらさも大変だし、スルーしとくか)
携帯をポケットにしまうものの、宗太の顔がゆがみ、そして…-
つづく
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ライター。ファッション雑誌、作詞提供、携帯ゲーム脚本など書くことを仕事にしています。現在、おてんば娘に振り回され中。
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