撮影:モリサキエイキ

Entertainment

ロバート山本「僕の人生で最大の転機」18歳で下した決断は?

ロバートの山本博さんが芸人として、パパとして、気づきを綴る本連載。
第110回目は、山本さんが芸人の道を選んだ、人生最大の転機について。
 

Recommend

「かわいくて子どもが乗りやすい♡」 ファースト自転車ってどう選ぶ?

■寿司職人かフォークリフトか、それが問題だ


新年度スタートの4月。これまでとは異なる舞台で新たな挑戦を始めた人、転機を迎えた人も多いんじゃないでしょうか。今回は、僕の人生で最大の転機といってもいい、芸人への道を選んだきっかけを思い出してみたいと思います。

もともと僕は地元・群馬にいた頃、なりたいものが2つありました。寿司職人とフォークリフトの運転手です。この2つで迷って、高校時代は寿司屋でアルバイトをしていたんです。寿司が大好きだったのと、板前とか寿司屋の大将ってカッコいいなと思って……といっても、バイト先は回転寿司でしたけど。

一方、フォークリフトに憧れたきっかけは、子どものときに地元の駅から見えた工場の光景です。ものすごい数の荷物をフォークリフトで運んでいるのが壮観だったんです。フォークリフトって小さいマシンなのに、その機体以上に大きな荷物を軽々と運んでしまう。そんな小さな力持ちを当たり前のように操るドライバーさんが妙にカッコよく見えたんですよね。

高校を卒業したら、その憧れた工場とは別の会社ではありましたけど、フォークリフトの運転手として就職することも決まっていました。

ところが、卒業間際になって同級生の友だちが「お笑いをやろう」と言いだしたんです。「フォークリフトの運転手は25歳からでもできる。でも、東京に出てお笑いをやるのは18の今しかできないよ。お笑いがダメだったら、25歳からフォークリフトを始めればいいじゃん」と。いやぁ、提案された僕も驚きました。
 

撮影:モリサキエイキ

■「芸人になる」と伝えた瞬間、厳格な父は……


僕は、自分だけなら「東京に出る」なんて考えもしないタイプでした。東京は背伸びして買い物に行くような場所。群馬の田舎者が東京に住んでテレビに出ようだなんて身の程知らずですから。でも、なぜかそのときは、誘ってくれた友だちの勢いにも押されて「挑戦してみよう!」と思えたんです。

ただ、うちの親父はめちゃめちゃ厳しい人間だったので、「そんなことを打ち明けたらとんでもないことになるだろうな」「就職が決まって喜んでくれたのに、どうしよう……」と、ずっと悶々としていました。

そして、何も言い出せないまま、高校の卒業式を迎えてしまいました。これはもう後戻りはできないと、まずは母ちゃんに「芸人になろうと思う」と打ち明けたところ、「お父さんには絶対に言わなきゃダメ。そんなの許されるわけない!」と、寝ていた親父を起こしてきたんです。

これはもう逃げられない。逃げちゃダメだと覚悟を決めて「友達とお笑いをやるために東京に出る」と伝えました。

こっちはもう殴られる覚悟です。でも、親父は「お前が俺にそう言ってくるということは、相当な覚悟なんだな。……よし、わかった」と、その場で認めてくれたんです。そして「じゃ、俺はもう寝るから」と部屋に戻っていきました。
 

SHAREFacebook
TWEETTwitter
LINE LINE